NO SKILL, NO LIFE.
そろそろ2006年も終わりです。エルニーニョの影響か?雪も降らない何とも風情のない冬を過ごしております。
恐らくこれが年内最後のエントリーになるかと思います。
実は9月くらいから書いては直し、書いては直しを繰り返しているエントリーでして、自分の考え方が変わったり、情報が変化したりと、なかなか内容がまとまりませんでした。しかしながら総括の意味も込めて、今度こそ書き終えたいと思います。
内容はタワーレコードの「NO MUSIC, NO LIFE.」も捩って、タイトルの通り「NO SKILL, NO LIFE.」。
「スキルのない人間は、真っ当な人生を送れないかもしれない」そんな現実について。
バブル崩壊から時を経て十数年、超氷河期と化した日本経済も若干持ち直し、戦後最長の大型好景気「いざなぎ景気」を越えたのは誰しもが知る所です。しかしながら個人消費も上向かない「実感の伴わない好景気」というも同時に既知の問題となっています。「勝ち組」「負け組」「二極化」「格差社会」「ニート」「ワーキングプア」といった、実に面白くないキーワードばかりが並び、なんとも辛い現実を突きつけてきます。
今春、私の教え子たちが無事に卒業していきました。早くから就職活動をして社会に飛び出した生徒も居れば、なかなか思い通りに行かない生徒もおります。自分がまだ若かりし頃と比べても、そう大差のない風景です。親からすればヤキモキするものですが、「働くという事に対して漠然とした思いしか描けない」というのも、いつの時代もほとんどの人が経験する事ですし、自分も例外ではありませんでしたw
親の世代も、子の世代も、本質的には何も変わっていない。だからこそ問題の本質自体も変わっていないとも言えます。
リストラ父さん、フリーター息子
もうだいぶ経ちますが9月2日に発売された週間ダイヤモンドで、目に飛び込んできたのが「リストラ父さん、フリーター息子〜悲惨世代」という刺激的なタイトルの記事。ちょうど興味があったという事もあり、さっそく購入いたしました。今回のエントリーにも参考にさせていただいております。
内容はまさにタイトル通りそのまま。今となっては知れ渡った情報ばかりかと思いますので、詳細な記載は避けますが、前述の生徒達の実情に被る点も多々見えてきます。
「リストラ父さん、フリーター息子」という実情が。
多くの企業が人件コストを削減するために、フリーターや派遣社員といった非正規雇用を拡大しています。携帯電話ひとつあれば気軽にアルバイトが探せる「モバイトドットコム」や、地元である仙台でも認知度を上げた「フルキャスト」といった人材ビジネス企業がこういった事情を後押ししているとも言えるでしょう。
いわゆる「現代の若者」というのは、こういった非正規雇用に対して抵抗感はまったくありません。ナゼなら周りに居る友人の多くが非正規雇用だからです。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」というのも古い話で、怖いという感情は微塵もありません。麻痺しているという表現も的確ではない...正社員であることのメリットがなくなった現在なら「新しい価値観の到来」というのが一番シックリくるかもしれません。
これは若年層に限った話ではなく、リストラに震えた親の世代、はたまた年金を需給する老人世代すら変わらない状況です。バブル期の負の遺産である不良債権をチャラにするための原動力は、実はココにあったのではないでしょうか?「新しい価値観の到来」は必然の結果として生まれた社会構造だとも言えるでしょう。
では正社員である事のメリットがなくなったのに、「正規雇用である事」にこだわる必要はあるのかというと、あると言えると思います。逆説的ではありますが、むしろ「非正規雇用である事」に問題が多いからであると言えるでしょう。
狂う人生設計
ではナゼ非正規雇用である事がダメなのか?前述の週間ダイヤモンドの記事でも様々なデメリットが挙げられていました。
モデル例として正社員と非正社員の人生を追いながら解説されていましたが、まずは「生涯賃金の格差」です。
65歳で現役を退くまでの期待生涯賃金は、正社員の場合は「約2億3,500万円」であるのに対して、非正社員の場合は「約6,500万円」と4倍近い格差が生まれます。この格差が人生を大きく2つに分けます。
誰しもが思い描く人生には、あたりまえの様に配偶者が居て、カワイイ子供が居て、マイホームがあって...最後には家族に看取られながらこの世を去る。そんなカンジじゃないでしょうか?しかし人生を過ごすにはお金は欠かせません。あたりまえの様な人生を送りたいと願うなら、正社員の「約2億3,500万円」というお金は必要なものとなってきます。非正社員の「約6,500万円」では自分一人が生きていくが精一杯で、要介護になるかもしれない老後には、世話をしてくれる子供なんてもちろん居ません。
いままで非正社員だった方が「そんな人生は嫌だ!」と思って一念発起するかもしれません。しかしそうは簡単には行きません。皮肉にも非正社員であった事が仇となって、人生を軌道修正するチャンスすら失われるかもしれないのです。
同じく週間ダイヤモンドの記事で、転職市場での非正社員の冷遇ぶりがデータとして掲載されていました。企業へのアンケート結果で、じつに65%の企業が「非正規雇用の経験者は正規従業員として雇用しない」と答えているます。たとえ正社員と同じ業務を行い、それなりの実績を持っていたとしても、「非正規雇用」であったという事実そのものがチャンスを潰してしまうかもしれないのです。
しかし活きていくためにはお金は必要です。背に腹は変えられないので「いつか正社員になるまでのつなぎで...」と、派遣社員やアルバイトを続けていくと、それだけ「非正規雇用」の期間が伸びていき、さらに「正規雇用」への道が遠のいて行くという悪循環が生まれてしまうのです。
それならばチャンスの多い転職市場を目指そうと考えるが当然でしょう。例えば「プログラマー」という業種は非常に高度なスキルを要求され、なおかつ現在でも人手不足の状態です。では猛勉強をして高度なスキルを習得し、「プログラマー」に転職したとしてそれで万事が解決するのでしょうか?
やはり現実はそんなに甘くはありません。「プログラマー」という業種は人手不足のハズなのに、賃金が年々下落傾向にある業種なのです。
どうしてそんな事が起きるのでしょうか?
顔の見えないライバル達
その理由は予想以上に進んだ、日本経済のグローバル化にあります。近年、「プログラマー」という技術者の市場そのものが、中国やインドといった低賃金労働者の豊富な海外に急激に移りつつあるのです。既にアメリカや韓国等のIT先進国ではこの現象が顕著になっていて、OSの開発といった大規模な開発すら海外委託してしまう程で、技術者の労働市場が大きく様変わりしているようです。
経済のグローバル化が急激に進んだ事には、「インターネットの登場」が深く関わっています。世界中に網の目のように張り巡らされた「ネット」は、距離というデメリットを完全に「0」にしてしまったのです。
世界経済という渦中に飲み込まれた日本人プログラマーは十分優秀なのですが、グローバル化によって競争力を失いつつあります。世界と戦うには共通言語とも言える「英語」をビジネスレベルでマスターしていなければなりませんが、残念ながら日本の英語教育は戦うだけの力を授けてはくれませんでした。
グローバル化の波はこういった技術関連だけに留まりません。むしろスキルを必要としない単純労働の市場には、高給になった日本人よりも低賃金で一生懸命働く外国人が、研修生といったカタチで大量に流入しています。
先日、NHKで放映された話題の「ワーキングプアII〜努力すれば抜け出せますか」という番組では、外国人労働力の流入によって職を追われた方が、再就職先で外国人研修生の食事を作る仕事に従事するようになったという事例が紹介されていました。これでは本末転倒です。
消費者でもある労働者が儲からないのに、ナゼ大企業は儲かるのか?グローバル化によって巨額の「人件費」をコストダウンできるシステムが確立されてしまった事も、ひとつの理由なのではないでしょうか?
情報戦を制する
かなり大風呂敷を広げてしまいました...が、なんとか畳んでみたいと思います。
私が考える、この世知辛い世の中で生き抜いていくための答え。それは「スキル」を身につける事。しかも資格を取るとかプログラミング言語を覚えるといった事とは別に、最も必要とされるのは「情報戦を制する事ができるスキル」ではないかと思います。
最初の話に戻しますが、親の世代にとっても、子の世代にとっても、変わっていない本質的な問題点はここにあると思います。少なくても私が出会った方で、情報収集&分析といったスキルを身につける事に対して、高い認識を持っている方はかなり少数です。
先日、とある企業との席で「Web2.0」というキーワードを出す機会がありました。しかし残念な事に、その企業の中で誰も「Web2.0」という言葉を知りませんでした。
社会人もしくはビジネスマンなら、新聞の経済欄や経済誌等に少なくても目を通すハズです。この1年の間に「Web2.0」はもてはやされ、語りつくされ、既に古臭いものにすらなりつつある程に流行しました。どのテレビ番組かは失念してしまいましたが、2006年の流行語大賞の発表時に女子アナが「私はWeb2.0が入ると思っていました」と発言していました。それぐらいの認知度はあるキーワードかと思いますし、このキーワードを知らないというのは、やはり情報収集に対する認識が甘いのではないかと思いました。
では他のスキルは身に付けなくても良いのか?その答えはやはり「確実に必要」という事になります。むしろスキルを身につけていることが、今の社会で生きていくために最低限必要な事といえるでしょう。しかしどんなものでも資格や特技があればいいのかというと、またそうでもないというのがまた現代社会の難しい所です。
前述の「ワーキングプアII」の中で、自分だけの努力で調理師免許の資格を取得した若い女性の事例が取り上げられていました。この女性が資格を取得して上がった時給ははたったの「10円」です。
「情報戦を制する事ができるスキル」を持っていたなら、彼女はもっと違ったアプローチができたかもしれません。
社会構造の急激な変化と共に、少なくなっってしまった時間・資金・チャンスを最大限に活かすためには、まずは「情報戦を制する事ができるスキル」を身につける事ではないでしょうか。
夢を実現するために
業界に絞って話をすると、グラフィックデザイナーになりたいという「夢」を持った若者はたくさん居ると思います。そう、たくさん居るのです。そこが重要です。
人のあふれた労働市場で職にありつくためには、他の人よりも優れている事を示さなければなりません。
グラフィックデザイナーに限らず現代の社会人なるためには、パソコンのスキルが100%必須条件となります。前時代の紙とペン、電卓、定規といったアイテムは全てパソコンに取って代わったのです。「パソコンが使えない」という事は、今や「文字の読み書きができない」のと同義です。
近年は小学校からパソコンが授業で取り入れられていますので、まあパソコンが使えるのを前提としましょう。多くのデザイン系専門学校では「デザイナーといえばMac!」というステレオタイプな教え方がほとんどです。だからMacしか使えないというデザイナー志望の学生が大量におります。Macをベースにイラレやフォトショが使えるというのは最低ラインのスキルであって、この段階では大して差別化は図れません。
むしろ必要とされるのはOSやアプリケーションの種類に依存しない、「本当の意味で"パソコンが使える"というスキル」です。
私の教え子たちにパソコンの購入についてよく相談されます。その時に私は必ずWindowsを薦めます。5%に満たない市場シェアのMacを覚えるよりも、「一般的な社会」で圧倒的に使用されているWinを覚えた方が「技術のつぶしが利く」からです。学校はMac、自宅はWinという状態ならどちらの操作にも慣れる事ができるので最も理想的と言えるでしょう。またMacでできる事はWinの1/10程度だと私は思いますので、純粋に「パソコンが使える」というスキルの習熟にも最適です。
話がそれてしまいましたが、グラフィックデザイナーを目指すならデザインセンスが良くて当たり前、「Mac・イラレ・フォトショ」が使えるのも当たり前。「社会人の座」を争うライバル達との血みどろの戦争に勝つためには、ビジネスマンとしてのコミュニケーション能力や企画力といったスキルにも重点をおきましょう。
ちなみにWebデザイナーの労働市場も飽和状態です。 DreamweaverやFireworks、Flashが使えるという程度では勝てません。ActionScriptやPHPといったスクリプトも身に付けておきましょう。
労働市場で求められるスキルがいったい何なのか。それを知り、効率よく習熟していくために「情報戦を制する事ができるスキル」が必要なのです。
「NO SKILL, NO LIFE.」
2006年は社会構造の急激な変化と共に「スキルのない人間は、真っ当な人生を送れないかもしれない」という事が、現実に起きているを事を痛感させられました。
NO SKILL, NO LIFE.
そうならないための備えをしておきましょう。私も弊社も例外ではありません。
それでは2007年の新しい人生に向けて!
良いお年を...
さきほどは大変勉強になりました。
この日記と合わせて考えてみても、なかなかどうすればいいか結論が出ないけれど
「知る」ことはできたし、これからも「意識」していくと思います。
それだけじゃダメなんだろうけど。
大変参考になりました。ありがとうございました。
こちらこそ長いお話にお付き合いいただきましてありがとうございます。
以前の24年が今の1年に相当する、「ラット・イヤー」と呼ばれるくらい時間の流れは速くなっています。もうそれじゃ済まないかもしれないですが…。
いろんなシガラミとか固定概念とか捨てなきゃ生きていけない時代なのかもしれません。